大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和62年(家)6200号 審判

申立人 郷○○

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  申立ての趣旨

申立人は、申立人の名〔○○〕を〔ジヨシユア○○〕と変更することの許可を求める。

その理由は申立人は、昭和57年に渡米し、何回か日米両国間の往復をした後、同60年ロスアンゼルスに定住し、以来同地に生活の基盤をもち、米国への永住、帰化の準備を進めているが、「○○」の名では次の点で社会生活上に支障があるからである。

(1)  「○○」は半母音で始まり、同一無声歯擦音を二つ含む4音節無強勢語は英語文化圏の人間にとり発音、記憶ともに困難であるため、申立人は米国 Church of Christ における洗礼名 Joshua (ジヨシユア)を昭和57年以来使用している。

(2)  「○○」の音は米国人に体外排泄物を意味する卑語又は不法麻薬を意味する俗語を連想させるため、申立人は今迄に筆舌に尽し難い精神的屈辱を蒙つて来た。

(3)  申立人は前述のとおり、米国でジヨシユアの名を使用しており、米国における運転免許証、高校卒業証書等の公式文書の氏名はすべて Joshua ○○○○○○○○○と記載されているが、この名は戸籍上及びパスポート上の名「○○」と一致しないので、入学を予定している大学での学習開始に必要な学生ビザの取得に困難を生じるなど、社会生活上の不都合が起きる。

2  当裁判所の判断

一件記録及び申立人の母原勝子の審問の結果により次のとおり判断する。なお、申立人は現に米国に滞在しているため審問を行わなかつた。

まず、申立人の名「○○」が、日本人の名として難読とか奇妙とか言えないことは言うまでもないことであり、申立人が我国に居住する限り、この名の使用により社会生活上支障を生じるものでないことは明らかである。

次に、申立人は、自己の名が米国人にとり発音や記憶が困難であることや他の外国語を連想させることなどを主張する(前記1(1)(2)参照)ところ、その主張の具体的意味内容には理解し難い部分もあり、また具体的にいかなる生活上の支障が生じるのか必ずしも明らかではないが、申立人が主張するような事態が生じたとしても、この程度の不便や不都合は、申立人が我国と言葉や文化などを著しく異にする米国で生活する以上当然予想しうることであつて、申立人としては受忍せざるをえないところというべきである。

さらに、申立人は米国における通称名「Joshua ○○○○○の永年使用、戸籍(パスポート)記載名との不一致による社会生活上の支障を主張する(前記1(3)参照)。ところで、通称名の永年使用により通称名がその使用者の名として社会的に定着するに至り、戸籍上の名と通称名との不一致により社会生活上著しい支障を来たす場合には通称名への名の変更が認容されることがあるが、外国において永年使用する通称名への名の変更が是認されるためには、単に外国において永年使用を継続したことというだけでは足りず、名の使用者の生活が外国に永住するに近い状態になるなど外国社会との関連が密接になり、反面我国の社会との関係が稀薄になり、戸籍上の名を、外国社会における通称名に変更しても、我国の社会における生活にはほとんど支障を生じない程度に至つていることを要すると解される。そこで、この点を検討するに、申立人が当裁判所に提出した資料による限り、昭和60年以降に発行された文書(運転免許証、社会保障証書、預金通帳、高校卒業証書等の学校関係書類等)に申立人の名として「Joshua○○○○○」と記載されていること、申立人は我国内に居住する両親の許で成長し、勤務会社の業務のため昭和57年渡米し、以来同60年までは両国間を住復していたが、同年3月以降帰国せず、米国内に居住し、永住を希望しているが、許可をえられる見通しは不確なこと、申立人は在米中、夜間の高校課程で勉強して卒業資格を取得し、同62年秋サンフランシスコ大学経営修士課程に進学する予定であるが、申立人の大学在学中の学費、生活費は両親が負担する見込みであること等が認められる。これらの事実によれば、申立人の米国居住期間、従来の生活、職業、両親との関係等からみて、申立人の生活上、米国の社会に定着し、我国の社会との関連が稀薄になつているとまでは到底認め難く、また米国における申立人の通称名の使用も短期間に過ぎないのであるから、申立人の名を米国における通称名「ジヨシユア○○」に変更を許可するのは相当でないというべきである。

以上のとおり、申立人の名を変更すべき正当な事由は認め難いので、本件申立てを却下することとする。

(家事審判官 宗方武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例